「神津家」絆結ぶ懇親会 佐久

佐久市志賀の旧家で、各界に多くの要人を輩出している二つの「神津家」が1日、明治初期から約150年にして初めてという合同懇親会を開いた。群馬県境近くの山あいに400年以上前に移り住んだ一族を源流とする両家だが、いさかいがもとで家同士の付き合いは絶えていた。将来を見据え、互いに尊重し合おうと手を取り合った。

 両家は今も並んで建っていて、地元で「赤壁家」「黒壁家」と称される。赤壁家は島崎藤村の「破戒」出版を支援した神津猛(1882〜1946年)、長野電鉄(長野市)を創設した神津藤平(とうへい)(1871〜1960年)、作曲家の神津善行さん(85)らを輩出。黒壁家は国内草分けの西洋牧場を明治時代につくった神津邦太郎(1865〜1930年)、大正・昭和期の洋画家神津港人(こうじん)(1889〜1978年)らを生んだ。

 諸説あるが、両家の先祖は伊豆諸島の神津島(東京都)などから移り住んだと伝わり、江戸時代前期に分かれた。共に豪農として栄えたが、明治初めに対立したとされる。

 関係修復を図ろうと動いたのが、赤壁家の当主で東京女子医科大名誉教授の神津忠彦さん(79)=東京=と、黒壁家当主で日本税理士会連合会会長の神津信一さん(68)=同。神津家が建てた菩提寺に両家の墓も並んでいて墓参りで鉢合わせすることもあったといい、自分たちの世代で和解しようと語らってきたという。お盆とは別に墓参りをする風習がある8月1日に懇親会を開くことにした。

勢ぞろいして記念撮影の準備をする赤壁家と黒壁家の人々。両家の新しい歴史が始まった


 この日は、県内外で暮らす両家の親類ら計100人が赤壁家に集まり、和やかな雰囲気。門長屋がある庭に勢ぞろいして記念撮影した後、築300年以上の「御殿」で一緒に食事をした。信一さんは「両家は日本の近代化をけん引してきた。今日を機会に親交を強めたい」とあいさつ。忠彦さんも「別々の道を歩いてきたが、両家が力を合わせていく象徴的な集まりにしたい」と話していた。 

(8月2日)信濃毎日新聞出典

 

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